ベクション:エピローグ

実質SS

・白石東吾

どうやら元の世界に帰る方法は死ぬことらしい。そのための毒を別の転生者から貰った。どうやら苦しまずに死ねるものらしい。よしキタ。パパっと死んで元の世界に帰ろう。

…いや、やり残したことがある。冒険だ。聞けば、穂積だとかヨヨミだとか、他の転生者たちは色んな冒険を繰り広げたとか。羨ましいにもほどがある!魔王と戦うのも最高に楽しくはあったが、よくよく考えたらほとんどエルヤビビに滞在しっぱなしだ。最後に冒険に出てみても良いだろう。

トゥルヒダールには巨大な迷宮がある、という話をイリーナから聞いた。これは好都合だ。早速荷物をまとめ、帰る方法が見つかったから、とお世話になった人たちに別れを告げて、トゥルヒダールに向かう。さて、どんな冒険が待っているのやら。

そういや食料全然無いわ。さっさと帰ることになりそう。

 

・烏間カルラ

元の世界に帰る方法を手に入れた。この世界に留まる理由はない。グレイ・アライアンスの一員として世界を守る、という役割は果たした。冒険は私の役割ではない。未だに復興に追われてはいるが、この世界はしばらく安泰だろう。

アブラアゲ・アッパーの二人に別れを告げる。せっかくだから最後に、とパルアケのワインを飲み交わした。旅路には、会話とお酒があるものだ。それはきっと、旅の終わりも同じだ。お酒を飲みながら、これまでの冒険の事を話す。あの時は大変だったとか、実はこんな事があったとか、そういう他愛ない話をして、旅を終える。

少しふらつく足取りで部屋に戻り、幸せな酩酊に包まれて、眠りにつく。

 

・桑原来人

ここまで色んな冒険があった。クルツホルム。イーサミエ。ボスンハムン。勇者の泉。オクスシルダ。どれも必要な経験で、何一つとして欠けていいものはなかった。樋口とアレートロには「好きにしろ」と言われたし、カイランに「また会いに来る」と言われた。ほんのちょっとだけ心残りがある。皆との別れの挨拶とか、カイランと一緒にカレーを食べたりとか。だからもう少しだけ冒険を続けようと思う。そうして旅支度をする。幸い、ギルに貰った羅針盤がある。そう時間はかからないと思う。今までは誰かと一緒に旅をしてきたけど、これからは一人旅だ。正直言って不安はある。けれど、これからもきっと出会いがある。旅先で誰かと出会って、話して、別れて。だからきっと大丈夫だと自分を奮い立たせる。

旅の最中、今までのことを思い出す。

カイランと出会った時のこと。あれは本当に焦った。だって海藻の塊が浮いてたし。もしあそこで誰も通らなかったら、900年前の魔王は人知れず倒れていた…のかも。

クナドに生きる目的を聞かれた時のこと。まさかあんな所で、小さい子に発破かけられるとは思ってなかった。でも、少しは自信になったのかもしれない。

ギルに勇者と呼ばれた時のこと。あの人は自分のしたいことに嘘をつかない人だから、あれもきっと本心だと思う。ちょっと恥ずかしかったし、嬉しかった。

震に勇者になる理由を聞かれた時のこと。なんとなく、漠然としたものだった自分のしたい事を見つめ直せた気がする。

カイランに裏切られた時のこと。悲しかった。ショックだった。どうしてカイランが、とか何も知らないままでいられたら、とか、心がぐちゃぐちゃになった。頭ではカイランと戦わないといけないと分かっていても、心が追い付かなかった。実際、震が居なかったらあのまま何もできなかったかもしれない。だから震には感謝してる。…ちょっと怖いけど。

樋口にお前のスタンスを決めろと言われた時のこと。あのまま黙り込んでいたら、きっと自分のするべき事から逃げ続けてたと思う。

リラに戦う意志があるなら大丈夫と言われた時のこと。あの時は不安で仕方なかったから、大丈夫って言葉だけでも支えになった。

カイランと戦った時のこと。不安で、怖かったけど、それでもカイランを助けたかった。だから剣を振るえた。思えば、支えられてばっかりだ。自分が情けなくもあるし、支えてくれる人が居ることが嬉しくもある。

樋口に間違ってると言われた時のこと。本当にその通りだと思う。全員を救うだなんて、無謀で、馬鹿らしい願いだ。でも、誰かを失うなんて悲しい。折り合いをつけるべきなんだろうけど、俺の心は嫌だって言ってる。正しさとか、整合性とか、そういうのを全部押しのけてそう思ってる。これが俺の願いなんだって、強く思った。ひどく身勝手で、わがままな願いだ。それでも俺は、諦めきれない。

皆が助けに来てくれた時のこと。もうダメなのかなって、どうしようもないかなって思ったけど、俺が、皆が出会ってきた人とか、やってきた事が助けてくれた。正直ちょっと泣きそうなくらい嬉しかった。これまでの冒険は無駄じゃなかったって、そう思えた。

カイランの料理を食べた時のこと。カレーじゃなくて麻婆豆腐だったけど、美味しかった。カイランはまた会いに行くと言ってくれた。話したいことはいっぱいある。これまでの事とか、そういう色んな、他愛のない話。

最後に樋口と話した時のこと。樋口は自分の事をエゴイスティックだって言ってたけど、俺だってそうだ。だからもし、俺が天国に行くべき人間なんだとしたら、樋口だって同じだと思う。…そういえば、形見は何も残さないとか言って勝手に目の前で死んだり、自分には厳しい癖に他人には優しいところとか、よくよく考えたら樋口も樋口で結構自分勝手だったかもしれない。そう考えると、ちょっとくらいは面と向かって文句を言ってもいいんじゃないか? 帰ってからやることが一つできた。アイツが嫌がったとしても会ってやる。

そんな思いを巡らせながら歩いていると、街に辿り着いた。この街にカイランは居るのだろうか。次はどんな出会いがあるのだろうか。

そうして、街に足を踏み入れる。

 

 

 

・■■■■■

遠い、遠い記憶だった。私はこの世界の存在ではない。何者かの剣として私はこちらにやって来た。詳しいことは長い眠りの中で忘れてしまった。多くの冒険をした気がする。ひどく疲れていたのか、私は泥のように眠っていた。

…という所で、私は叩き起こされた。人だ。久々の人間に、少しテンションが上がってしまった。具体的には、普段ならまずしないような尊大な口調で話しかけるくらいに。その人間は、端的に言って弱かった。どう考えてもかつての主には及ばないくらいの実力で、戦いの心得も、心の強さも無かった。だが、奴は強引に私を引っこ抜いた。よほど必死だったのだろう。どうせ暇だ。手を貸してもいいだろうと思った。

懐かしいような、見知らぬような世界にやってきた。そこで私は、冒険を見た。出会い。別れ。裏切り。決意。人の強さ。薄れたかつての記憶が浮かぶ。剣として、多くの冒険をした記憶。最大限力を貸そう、と考えがよぎった。何故だかは分からない。昔の記憶が関係しているかもしれないし、そうでもないかもしれない。契約者の手を離れ、いいようにされた汚名を返上するためかもしれない。分からないが、この男の願いに応えようと、そう思った。

そして、魔王は討ち果たされた。奴の願いは果たされた。しばらくは私が出しゃばることもないだろう。静かに冒険の続きを、いわゆる”クリア後の世界”というものを見守るとしよう。